LGBTQ(性的少数者)活動家、啓蒙家、ボランティア(アライ)の方々に感謝したい。

本記事を開いていただき、ありがとうございます。

また、いつも僕のブログを訪問してくださっている方、記事を読んでくださっている方、誠にありがとうございます!

 

今日は、日頃、僕が思っている感情を述べさせていただきたいと思います。

啓蒙家や活動家への感謝

僕は、LGBTQの啓蒙家でも活動家でもありません。

社会活動を行う団体やサークル、NPO法人に属したことも、

それらが主催するイベントに参加したこともありません。

 

だからこそ、啓蒙家・ボランティアの方々に申し上げたいことがあります。

『いつも、本当にありがとうございます』

って。

 

僕は、ゲイ(同性愛者)として、LGBTQの1当事者でありながら、世の中に対して何もできていません。

情けないです。

 

精神的にも体力的にも、啓蒙活動をする余裕はなく、、、

ネットという日の当たらない世界で、このブログを書く程度で精一杯なんです。

 

活動家を悪くいう人

世の中には、そういうLGBTQの活動家や、ボランティア(アライ)を悪く言う人たちがいます。

残念ながら、同じ性的少数者(セクシュアルマイノリティ)の中にも、啓蒙家の方々を酷評する人たちがいます。

 

確かに、活動家の中には、LGBTQとは無関係な主義主張をする人もいます。

でも、それはごくごく一部の話

大半の活動家の方々は、誠実に、真面目に、啓蒙活動をなさっています。

 

僕の通う東大でも、教授や、先輩、友達、後輩が、

「もっと、世の人々にLGBTQを知ってほしい」「皆が生きやすい社会になれば」

という切実な思いで、活動に携わっています。

 

僕は、そういう真面目な方々を大勢存じ上げています。

だから、ごく一部の人たちを理由に、活動家全員を悪くいうのは悲しいなって

 

啓蒙家の方々の心中を思うと

活動をされている方々のなかには、そういう心無い批判に、心を痛めている方もいるんじゃないかな。

 

啓蒙活動をされるような方って、

「もっと生きやすい社会を」とか、「次の世代の子供たちに、辛い思いをさせたくない」とか、

そういう強い信念や、正義感をもって活動されているだろうから、

 

同じLGBTQの人たちからの批判に対して、

ふと「自分たちのやっていることを、なぜ批判されなければならないんだろうか」って、

行き場のない、やるせない気持ちになってしまう気がします。

 

人間、良かれと思ってやったことに対して悪く言われると、「え?なんで?」ってなるし、辛くなって自責の念さえ抱いてしまうと思う。

 

歴史の1ページをのぞくと

時をさかのぼれば、

アメリカで

黒人解放運動が起こった時、解放運動を馬鹿にして高みの見物で嘲笑する人たちがいました。

白人だけではありません。黒人もいました。

「今のままで幸せって。

 

イギリスで

女性の選挙権を求める運動が展開された時も、運動をせせら笑う人たちがいました。

男性だけではありません。女性もいました。

「私たちは、別に差別されてなんかいない」って。

 

ところが、いざ、黒人解放や女性参政権が実現すると、彼らは口を揃えてこう言いました。

「いずれ、こうなる予定だった」と。

 

僕らのあたりまえの日常

おそらく、今の日本におけるLGBTQも、似た状況なのかもしれません。

 

リアルした60代のゲイの方がおっしゃっていました。

「今も生きにくいけど、それでも、昔よりは生きやすくなったんだよ」

 

それは、ひとえに、先輩LGBTQの方々による啓蒙活動があったからだと思います。

だからこそ、口が裂けても、「活動家なんていらない」なんて、真面目に活動している人たちに向かって言えません。

 

僕らが当たり前だと思っている、この日常は、

他でもなく、その方や、先代の人たちの苦労や涙があったからこそだと。

 

誇りを持って続けてほしい

今まさに、活動家・ボランティアとして活動されている方々は、

「新たな歴史の1ページを自分たちは作っているんだ」という誇りを持って、

活動を続けてくださればと思います。

 

僕は、この記事を書くくらいで精一杯で、

実際に啓蒙活動をする精神的・体力的余裕もありませんが、(ほんと情けない)

 

啓蒙家の方々、本当に、本当に、ありがとうございます。

また、アライ(異性愛者の応援者)の方にも、心から感謝します。

 

今後も、お体に気をつけて頑張ってください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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